新しい場所からは、一本の樹が見える。
それはとても大きくて、建物よりも高い。
今は、すっかり葉っぱも無くなってしまったけれど、
変わらず、木陰が揺れている。
去年のある日、毎日枯れ葉を掃除しているおじいさんに尋ねた。
「この木って古い木なんですか?」
その途端、おじいさんの眼が輝きだした。
「これはな、樹齢400年だ。オレで4代目だ。この建物を建てる時に
切ろうとしたけど、幹が太すぎて切れなかったんだ。材木屋が5万円で切らせて
くれって言ってきたけど、それも結局無くなった。
この辺は全部畑で、この道路は川だった。 ここは堰だった。
大きな屋敷がいくつかあったけど、全部火事で燃えた。
その時に周りの木も全部燃えて、これだけが残った。」
朝日の中で身振り手振りいっぱいに語るおじいさんは、眩しかった。
見上げると、大木は葉っぱを散らしながら、黄金色に揺れていた。
「この木は嫌われてるんだよ、この時期になると道路まで枯れ葉だらけになるから。」
そしておじいさんは憑かれたように、何度も葉っぱを集めてはゴミ袋に詰めていく。
見慣れ始めた朝の平坦な日常が少し傾いた。
僕が尊敬している写真家は、生前に一本の樹を植えて、暮らそうとしていたらしい。
今はもう枝だけになっている樹は、相変わらずとても大きい。
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